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Lee-Byung-hun addicted

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第7話


『Fly me to the moon』 完結編 (7)



フランスに向かう飛行機の中。
ビョンホンは不思議な感覚に囚われていた。
目の前に揺に瓜二つの遥がいる。そして50を当に過ぎた自分がいた。二人は大好きな映画の話をし、意気投合していた。20年前よく揺と映画の話をしたことを思い出す。やはり親子なのか好きな映画のタイプも似ていた。
「おじ様、日本の犬童監督の『ジョゼと虎と魚たち』ってご存知ですか?古い映画なんですけど、この間観たんです。とっても面白くって。ご覧になったことありますか?」
「・・・ああ、もちろん。」ビョンホンはそう答えながら揺と初めて結ばれた夜のことを思い出していた。もう20年以上前のことなのに昨日のことのように鮮明に思い出せる。揺は池脇千鶴ちゃんのおっぱいが良かったって言ったんだった。
「おじ様、何ニヤニヤしてるんですか?」
「えっ、いや、別になんでもないよ。」ビョンホンはちょっとテレながら答えた。
「昔、その映画が大好きだっていう人がいてね。その人のことをちょっと思い出してたんだ・・・。」
「そうですか・・・。でも、あの映画良かったな・・・」遥はつぶやいた。
ビョンホンはそんな彼女にどこが良かったと聞こうかとも思ったがやめておくことにした。
『池脇千鶴ちゃんのおっぱい』なんて言われたらどんな顔をしたらいいのかわからない。
「おじ様、聞いていいですか。いったい私をどこに連れて行くおつもりなんですか?」
「そうだね。急なことでビックリしたよね。実は君に会ってほしい人がいるんだ。」
「えっ、誰ですか?」
「それは・・・着いてからのお楽しみだ。」
ビョンホンはそういうと飛行機の窓から外を見つめた。
「揺、これから連れて行くからね。」彼は心の中でつぶやいた。
キャビンアテンダントが飲み物を持って回ってきた。
「何を召し上がりますか」「じゃあ、ワインをもらおうかな。遥ちゃんはどうする?」
「私も同じものを」
キャビンアテンダントはワインをサービスしながら言った。
「羨ましいですわ。素敵なお父様とご旅行なんですね。素敵な旅になるようお祈りしていますね。」
「おじ様、私たち恋人同士には見えないみたいですね。」遥は悪戯っぽくそういうとクスクスと笑った。
そんなところも揺そっくりだった。
ビョンホンは無邪気に笑う彼女を見つめながらこんな宝物を20年も隠し続けていた揺をたまらなく愛しく思っていた。

ジヴェルニーまではレンタカーで向かう。
偶然にもレンタルした車はルノーのカングーだった。もちろん揺が乗っていたよりも新しいモデルであったが・・・色はジヴェルニーグリーン。
(全く君はどこまで悪戯好きなんだか・・・)こんな仕組まれたような偶然にビョンホンは笑うしかなかった。
ボルドーでの運転は揺だった・・・結局ソウル以外でビョンホンの運転する車に乗ったことがないまま彼女は逝ってしまった。他にも行きたいところがいっぱいあったのに。
あんな形で突然の別れを迎えてしまったことがやはり悔やまれた。まだやってあげたいこともいっぱいあった。
ビョンホンは運転しながらひとつひとつ思い出しては想いをかみ締めていた。
そうこうしているうちに車はジヴェルニーのモネ記念館に到着した。
ビョンホンが20年前訪れた時とあまり変わっていないように感じた。あれ以来、彼はここには来ていなかった。忙しいせいもあったがやはり一人でここに来るのは揺がいなくなったことを直視しなければならない気がして勇気がいることだったから。
あの老人はどうしているだろう。元気ならばもう90歳にはなるだろうか。そんなことを考えながら記念館の入り口に向かうと一人の老人が隅のベンチに腰掛けていた。
「あの・・・・もしや」ビョンホンが声をかけると老人は顔を上げた。
「おおお・・・やっと来たか。ずいぶん待ってたんじゃよ。」彼はビョンホンの手をとって再会を喜んだ。
「おお、揺が一緒に来たかと思ったぞ。」老人が錯覚するほど遥は揺に良く似ていた。
「待っていたって・・・?」不思議そうに尋ねるビョンホンに彼はこういった。
「揺から手紙をもう一通預かっていてな。あて先はお前さんじゃなくてお嬢さんじゃ。
「?」驚くビョンホン。
「あ~やっとわしもお役ご免だ。これを渡さなにゃあの世に行くに行けんで。ばあさんと揺に怒られるからのう。」
老人はそういうとにっこりと笑い一通の手紙を遥に差し出した。
「私に?」
「そう。20年ぶりに届いたまあ、ラブレターってところかな。」老人はそういい残し記念館の中にゆっくりとした足取りで入っていった。
「あっちに行って読もうか」ビョンホンは遥を揺のいる蓮の沼に案内した。季節は秋。花の季節は終わっていたがそこは相変わらずすべてを引き受けてくれるかのような空気に包まれていた。
「あの・・・誰からなんですか。」
「きっと、開けてみればわかるよ。読んでごらん。」
遥が封を切ると揺の香りと共に懐かしい彼女の文字が便箋に満ちていた。
(揺・・・・・・)ビョンホンの目からは懐かしさのあまり自然と涙が溢れ出す。

「みんなの素晴らしい宝物である遥ちゃんへ

遥々ジヴェルニーへようこそ。残念ながら私は今のあなたがいくつなのかを知ることは出来ないけれど、あなたはきっと、もうひとつの真実を知るのに充分なほど素敵な大人に成長しているのでしょう。会えなくてとても残念です。
お話に入る前にあなたをここに連れてきてくれた素敵なおじ様にこう伝えてください。
「貴方の仕事はここに遥ちゃんを連れてくること。最後の美味しいところは私が頂きます。ご苦労様。あなたはそこで遥ちゃんと一緒に私のお話を聞いていてくださいね。」と。
伝えてくれたかしら。ではお話をはじめましょう。ちょっと長いけど大切な話だから頑張ってきいてくださいね。
私の名前は『橘 揺』といいます。
ある日、私はあなたのお父さんの紹介でとても素敵な人とめぐり合いました。
そして私たちは出会ってたった二日で恋に落ちたのです。
彼はとっても有名な映画俳優。私は当時映画の字幕の翻訳のお仕事をしていました。
お互い仕事が忙しかったこともあったし、背負っているものも大きかったので私たちはお互いを思いやるが故に想いを伝え合うことを躊躇しましたが、またあなたのお父さんの活躍で二人はめでたく結ばれました。
それはそれはとっても楽しい幸せな毎日でした。彼は韓国人でソウルで暮らしていましたし、私は日本で生活していたのでなかなか会えず、ずっと一緒にいることはできなかったけれど、たまに会えたときはとても楽しく幸せだったし、会っていないときでさえいつもそばにお互いを感じられるほど私たちは愛し合っていたんですよ。
羨ましいでしょ。
彼はすぐに結婚しようといいましたが、いろいろ仕事上で難しいこともあって私から彼に仕事を最優先にするようにお願いして、私たちは結婚を先に延ばすことにしていました。
私にとって形などあまり意味がないものだったから。私は彼が自分を愛してくれているという事実だけで充分幸せだったのですもの。
そんな生活が1年ぐらい続いた頃、彼は大きな映画のお仕事で一年近いロケに参加することになりました。その時私たちは変な挑戦をしたの。映画の撮影中どれくらい連絡しないで我慢できるか。変わってるでしょ。私たちはお互いにそんな人だったのです。
私も彼も自信満々だった。だって会ってなくても私たちはお互いを傍に感じられるほど愛し合っていたからね。あら、何度もしつこかったかしら。
そして、彼は映画の撮影に臨みました。
そして、私は彼の留守中に妊娠していることに気がついたの。
そりゃあ嬉しくて嬉しくて。彼が帰ってきたときにビックリする顔を想像するだけでワクワクしちゃってね。あの人の子供が自分の中にいるのだと思うとそれまで以上に幸せで毎日毎日神様に感謝したわ。
でも、その幸せは長く続かなかったの。
その頃、私の身体にはガン細胞が巣食っていて気づいた時にはもう長く生きられない身体になってしまっていたの。最初はね。そりゃあショックだった。
もう、彼の顔も見られないのだと思うと涙が止まらなくて自分でもよく涙が出るものだと呆れるほど泣いていたんだけど、ふと気がついたの。
私はお腹の子供を元気に産むのが使命なのだと。神様は早くに天国に召されることになった私に最後にとっても素敵なプレゼントをくれたんだと。
あ~命に代えてもこの子を守り抜こうと思った。というよりはその子が私の命なのだと思ったといったほうがいいかしら。
あなたのお父さんたちは彼に知らせるって言ったけど私は絶対に知らせないように頼んだの。彼の仕事での成功は私の夢だったから絶対に邪魔はしたくなかった。それに彼が来たら私の消えかけた命を守るために輝いて祝福されるべき命を諦めようなんて言い出すに違いなかったから。
そして、私は病床の中、一人の女の子を産んだの。
わかったかな。そう、それがあなた。遥ちゃんなのです。
そして、もう残りわずかな命になった私はあなたのお父さんとお母さん(彰介とウナさん)にとっても大変なお願いをしたの。
それはあなたを二人の娘として育てて欲しいということ。
遥ちゃんには申し訳ないけどあなたの存在はあなたの実のお父さんが私を忘れて幸せになるためには大きな障害になると私は考えたの。
たぶん、あなたの実のお父さんはあなたの存在を知ったら結婚もせずに一人ですべての愛を注いであなたを一生懸命育ててくれるに違いなかった。そして私が自分の子供を生むがために犠牲になったんじゃないかって思い悩んで一生暮らすんじゃないかって。私はあなたをとっても産みたかったけど彼を私との思い出だけに縛り付けるのはどうしても嫌だった・・・・だから彰介たちに育ててくれるように頼んだの。
きっと、彼らは我が娘のようにたくさんの愛をあなたに注いでくれたのでしょうね。橘の両親も久遠寺の叔父様たちもあなたの周りの人たちは皆、私の忘れ形見であるあなたを優しい嘘でくるんで今まで大切に育ててくれたのだと思います。
そして、その事実を知らなかったのはあなたと今あなたの隣にいるあなたの実のお父さんだけなのです。
私は私の我がままに付き合ってくれたあなたにそしてあなたを今まで優しい嘘でくるんで大切に育て、たくさんの愛を注いでくれたあなたのご両親をはじめとする皆さんにとても感謝しています。本当にありがとう。遥ちゃん、帰ったらこの手紙を彰介とウナさんに見せてもらえますか?そして私の感謝の気持ちを伝えてください。
それから大事な人を忘れていたわ。
私にこんな素敵なプレゼントを残してくれた遥ちゃんの実のお父さん。
ビョンホンssi・・・あなたにはお礼のしようがないわ。本当にありがとう。何度も言うけれど私はあなたに出会ったおかげで一生分の幸せを一年ちょっとですべて手に入れることが出来たと思えるくらい幸せだった。
遥ちゃんのこと隠していてごめんなさい。でもきっとその嘘のおかげであなたはもうひとつの素晴らしい幸せを手に入れたと私は信じています。だから許してね。

長くなりました。遥ちゃん、彰介とウナさんがあなたにつけてくれた名前。とっても素敵な名前です。私の分まで自分の道を遥か遥か先に進んでください。
私はいつもいつもあなたを遠くから見守っています。
それから、あなたを温かい愛で包んでくださった人たちに感謝の気持ちを忘れずに。
ではこの先も素晴らしい人生が待っていますことをお祈りしています。
追伸。
ビョンホンssi、あなたは今いくつになったのかしら。私はまだ34のままなの。ウフフ。羨ましいでしょ。
もう、映画館は出来た?上映作品は決まったかしら。楽しみにしていますね。
それから、今度のことであなたの大切な人たちが悲しい想いをしていないかちょっと心配です。あなたからよくお詫びしてくださいね。私が選んだ彼女だからたぶんわかってくれるとは思いますが。
それでは、遥ちゃんのことお願いしますね。もう私の手紙はこれが最後です。
そしてあとはあなたが一人であなたの人生を歩んでいってください。
私の人生はもう背負わなくていいよ。きっと永いこと私の人生まで背負わせてしまっていたのではないかしら。あの時はそうすることであなたが幸せになってくれるような気がしたのです。あなたは私の幸せを一番に願ってくれる人だったから。
私があなたと一緒にいるといえばきっと自分の幸せを考えてくれると。
でも、あとの人生はあなたの大切な人と二人で歩んでください。いくら彼女がいい人だっていつまでも甘えてご厄介になっているのは気がひけます。
だからもう、私のことは忘れていいから。今まで共に生きてくれて本当にありがとう
私はここジヴェルニーから皆さんの幸せをお祈りすることにします。
では、アニョヒガセヨ。

                        橘  揺




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